長い冬がようやく終わり、現在カナダの首都・オタワでは今年で59年目を迎える「カナディアン・チューリップ・フェスティバル」が開催中です。
メイン会場となっているメジャーズ・ヒル公園だけでなく、街中いたる所に300万株ものチューリップが咲き乱れます。
チューリップ・フェスティバルの起源は、第2次世界大戦時まで遡ります。
1940年にナチス・ドイツによりオランダが占領され、当時の女王であったヴィルヘルミナ女王とその家族はイギリスへ亡命しました。その後、ヴィルヘルミナ女王の唯一の子女であったユリアナ王女は家族と共にカナダ・オタワへ。
ユリアナ王女はオタワ滞在中に妊娠・出産することになりましたが、そこに問題が発生。
当時カナダはイギリスの自治領となっており、カナダで生まれた人にはイギリス国籍が与えられることになっていました。ところがオランダは二重国籍を認めておらず、王女がカナダで出産した場合、生まれてくる子供はオランダ国籍、ひいては王位継承権を持つことができなくなるのでした。
このため、カナダ議会は、急遽ユリアナ王女が滞在していたオタワ市民病院の病室を治外法権とする特別法を可決しました。この配慮により、子供はイギリス国籍を得られず、母親の国籍を引き継ぐことができるため、1943年1月19日、カナダでオランダの第3王女・マルフリーテが誕生しました。
戦後オランダへ戻ったオランダ王室からナチスからの解放に協力したカナダ軍への感謝の印として10万株、加えてユリアナ王女から2千株ものチューリップの球根が贈られ、その後も毎年1万株が贈られるようになり、これが現在のチューリップ・フェスティバルに発展したとのことです。